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わかやま国体/式典前演技でよさこいの踊り手たちが教えてくれた「主体的であることの意義」

 


仕事の枠を超えて主体的で取り組んだ先にあったもの。それは「団結」であり「仲の良さ」であり「笑顔」と「感動」だった。

「人生がつまらない。楽しくない。」と嘆く人は共通して受動的な心を持っている。もし、今の環境を変えたいと思うことがあるのであれば、主体性を持ち、一人でも行動することだ。そうすれば状況は必ず一変する。

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この夏、これらのことを、よさこいを踊る人たちの心と行動によってこの身で読ませてもらった。

今までの人生で経験がないわけではない。我が誇りであり家族であるクランプファミリーFORCE NUTS FAMの活動でも、一般行事の中心的な立場でも、主体性がもたらした結果は実証を示している。しかし、仕事の範囲内での経験というのは初めてで、過去の経験値なんて軽く凌駕された。それは、これからの人生、特にビジネスにおいての勝負を決する上で活きてくるターニングポイント的な経験だと僕は確信している。

人生のこの大切なタイミングで、いつまでも黄金に輝き続ける経験と感動を人に与えたことに対して、当の本人である彼女たちにその自覚はきっとないように思う。

そう感じた理由は、過ごした時間の中で「わざとらしさ」が皆無なことだった。その全ての行動において自然で、身体に染み込み、流れるような積極的かつ主体的な姿勢を示している彼女らにとって、それらのことは「ごく当たり前の日常」のことなんだろう。

2015紀の国わかやま国体/大会


今年の和歌山は、実に44年ぶりの国体・大会ということで、和歌山県全体が例年よりも一段と躍動する熱を帯びている。街の随所に活気が散りばめられていて、訪問する度に盛り上がりが増していくように感じた。

国の行事は経済が動くというが、毎月多く和歌山へ訪れることで、その経過を手に取るように感じつつ、夏の太陽と街の活気が、こちらの気持ちも楽しく盛り上げてくれる。

かといって、街が放つウェルカムムードは決して国行事だからというわけではない。遠い昔から多くの旅人を陸路から迎え入れてきた、和歌山県民に受け継がれるおもてなしの心を節々に感じ、和歌山を離れてもまた行きたくなる、そんな余韻の残る心地良さが日焼けした身体をずっと優しくつつんでくれていた。

よさこいメンバーとは、そのウェルカムムードの源である「2015紀の国わかやま国体/わかやま大会」で出会った。関係性でいうと僕は「仕事」で、彼女たちは「演者」。その内容は、開会式で行われる式典前演技で使用する大道具の「巨大な船」を担当し、和歌山県民の方たちとともに運用に携わる、といもの。

人の力で動かす巨大な船は、骨格をアルミトラスで成しているためサイズの割には軽いものの、動かすとなると多くの人数が必要になる。これを操作するために県内から集った老若男女様々なメンバーこそが「よさこい」の踊り手の方たちだった。



彼女たちは出会った当初から各々が責任感に満ち溢れ、積極的に取り組んでいるのが印象的で、イベント行事への一般参加者にしては珍しい雰囲気を携えていた。

この手の場合、特に参加者が大多数の場合、やらされてる感は否めなく、ダラダラと行動する人を比較的多く見てきた。今回の式典前演技の参加者総数は実に2800人。その一つのポジションにあって、集まった30人前後の人たちは、そういった印象を挨拶の段階でいっきに払拭してくれた。

聞けばそれぞれが、多数あるよさこいのチームから自主参加で応募し集ったという。前のめりな姿勢に納得すること自体はたやすかったが、それぞれが持つ使命感のようなものに次第に圧倒され、気づけば彼女たちに魅せられてしまっていた。

何がそうさせたか、というのは自分の経験が知っていて、仕事は仕事としてそれぞれ社会での役割を全うしながら、また、家庭を持つ人なら家族の理解を得つつ、継続的なモチベーションを維持し、一つの活動に躍動する心と時間を注ぎ込むというのは、はっきり言って簡単なことじゃない。

活動原理は「楽しい」や「趣味」であったとしても、それだけで年間を通した活動というものを、長期にわたり続けることは不可能。

「人生の時間を費やす」ことに対する行動と心のあり方は、楽しいというだけの枠を越えた一種の「使命感」のようなものが継続的活動には必要になってくる。たとえ、図らずとも結果として「人のため」「地域のため」「幸せのため」になっているだけだとしても、それらの活動を通じて心は必ず磨かれている。

実際、よさこいを踊る人たちは学生、社会人、主婦と幅広く、週に2〜3回、学校の体育館を借りて練習し、年間を通してあらゆるイベントに参加し続け、地域を活気づける活動を行っているという。みな社会でそれぞれの役割を果たしながら踊っているため、一つのチームに所属している全員がイベントに出演できることはなく、イベントがある日に参加できる人が出演するとのこと。

しかしこのやり方だと、ルーティンのクオリティに差が出そうなものだが、YouTubeを見てもみな相当な踊り込みをしているように感じる演技だった。不思議に思い聞いてみたところ、いつでも参加できるように振り付けは一年毎の更新だという。

つまり、現代の多忙な生活の中で、いつでも自分の意志次第で挑戦できる環境がそこにはあるのだ。そしてその環境への感謝と挑戦がよさこいを踊る人たちの人格を善き方向へ育てていることを知った。

心からほとばしる主体的な姿勢のゆえんは、長いスパンでの活動と自分の行動を見据え、日夜努力する鍛えられた心のタフさとチャレンジ精神にあったのだ。

われわれは仕事柄、業種関わらず色んな人とお話させてもらいながら一つのステージを完結させていくが、ステージを対象とした場合、僕たちの役割は脇役である。なぜなら参加する方々、出演者たちこそがそのステージ上では主役であるからだ。僕らはプロとして、彼ら彼女らを完璧な仕事でサポートし作り上げていかなければならない。

少なくとも僕はそう思って仕事をしているし、自分自身がダンスショーケースに出演していたこともあって、「(舞台に)出る側」と「(舞台を)作る側」には完璧な一線を引いて、この15年間は取り組んできた。

大前提にそのことがあるのにも関わらず、鍛え上げられたオーラを放つ彼女たちに僕自身がさらに感化され、気づけば自らも枠を超えて主体的に取り組んでいた。そしてそれは大きな団結を生み、想定範囲外の感動を頂くことができた。

僕がわかやま国体の仕事上での取り組みで、徹底して主体性を持つきっかけになった具体的な内容はあとがきで記させてもらったのでぜひ読んでいただきたいが、主体的な行動の中に収まっている「責任感」「積極性」「使命感」は必ず「+α」を生み出す。この「+α」が、自分自身をブランドと化し、社会でも人間関係でも善き方向へ進んでいく上で本当に大事なことだと確信している。

冒頭はその+αの一端でしかないのかもしれないし、人によって感じ方は様々だと思う。しかし、決して受動的な姿勢では見つけることすらできない体験と未来が主体性の中にある。それは決して「出しゃばる」というような低次元なものではなく、「貢献」に近いような崇高な姿勢のように感じる。

結果としてわかやま国体式典前演技の大成功と大感動は、船という細部にまで行きわたるほどの、圧倒的な主体性の総数と、何年も前から準備、練習を重ねたパフォーマーが作り上げ、勝ち取ったもの。

その主体的な生き方の恩恵である感動こそ、人生を強く笑顔で生きていくことに欠かせないことを、よさこいの踊り手たちが教えてくれた。誰しも仕事である以上、立場や制約はあるが心は自由。この心のあり方をもう一度見直し取り組んでいきたい。

未来につながる希望を船に乗せて、よさこいメンバーと明日、ラストラン。







感動したあとがき
最後に、決して表に出ないであろう「船」を担当した愛してやまないよさこいメンバーズの奮闘エピソードを、少し長くなるがご紹介したい。

「船」を操作する上で今回一番重要だったのは、紀州の「紀」の文字が書かれた巨大なバルーンが付いた6m×4mの帆を、演出として数回に分けて上げ下げすることだった。

このバルーンについている8本のロープを使って、女性6人、男性2人の一部のよさこいメンバーがコントロールするわけだが、上げ下げする時にこのロープを、船の骨格を成しているアルミトラスに結ばなければならなかった。

この結び方というのは、僕ら職人がやる結び方を採用しないと演出通りにはできないのだが、これが結構難しく、スキーやスノボーのように一度でも身体が覚えれば簡単なことではあるものの、力のかかる方向や簡単にほどきやすくするコツなどを考慮してやらなければならないことも多く、職人でもできない人はいる。

さらに「帆の上げ下げ」というと簡単に捉えられるかもしれないが、上記に貼ったYouTubeでもわかるように、とにかくバルーンの浮力自体も相当なものでありながら、風を帆とバルーン全面に受けるため、ありえないほどの力が持ち手に働く。

だからこそ大道具の僕がいるのにも関わらず、ロープ担当のメンバーはその方法を「教えて欲しい」とムービーに撮り練習をすると言い出したのだ。経験のない一般の方がやるにはハードルが高すぎる、というか「素人にできるはずがない」という次元の話ではなく「素人に任せる」という選択肢そのものがない。

そんな無意識下にある予想を大きく覆し、なんと本番前にはほぼ全員が完璧にできるようになっていたのだ。

風力に耐えれない時や、時間内のタイトな要求に間に合わない時は二人組で協力し合うなど、各自で自発的に工夫することで自分の役を全うし、結び方がわからない人がいれば、できるメンバーが教え学び合うという光景がごく自然に生まれていくのを目の当たりにした。

こんな経験は大道具歴15年の中で初めてだったし、そもそも聞いたことすらない。というか視点を変えれば一般の方に一任するというのは「危険」という見方もあるが、僕一人でも8ヶ所のヒモを結び終えるまでにはそれなりに時間がかかるし、その間船は動き続けている。そうしてる間に巨大な「帆」は上がり下がりもする。

だが、よさこいメンバーがその結び方を覚えてくれたことで、僕はチェックだけをすれば良いという時間短縮にも繋がったし、船の内部はスムーズに事が運ぶようになり、周りを見る余裕も生まれ、危険度もはるかに低下するという嬉しい誤算もあった。

覚えたところで今後の人生に役に立たないようなことに対してでも、主体的かつ積極的に取り組むメンバーの姿勢が今も心に焼きついている。

7月から続いた競技場練習もリハも本場も、ずっと船の中にいたためどのような演技がなされていたのか全く知らず、先日YouTubeで初めて全体の演技を観たが、他の演者さんも皆それぞれが誇らしくかっこいい演技をされていて胸が熱くなった。

しかし、最初から最後まで全く人目につくことがなく、動く「船」の中で大変な操作を任され、その中でもう一つ挑戦するだけでもすごいことなのに、さらにそれを完璧にやり遂げ、式典前演技のコンセプトである「2800人の県民で作るわかやま国体/大会」を、自分たちの手で見事に貫き通したよさこいメンバーに心から喝采を贈ると同時に、本当に多くのことを学ばせていただいたことに感謝が尽きない。

表からは決して見えないよさこいメンバーたちのひのき舞台の影の影の、この努力こそが、天皇皇后両陛下も御覧になられた式典前演技を大成功と大感動へ導いた影の立役者たちだあると僕は断言したい。

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  2015/11/18
       
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