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刺青を入れている僕でも刺青を入れない方がいいと思う理由もあります。

 

Modification Discrimination

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その中でも日々「刺青」ワードの流入が非常に多く、やはり一生ものとなる刺青との向き合い方や、覚悟に向けての準備の必要性を感じています。そんな中で気になるワードでの流入がありました。

タトゥー やめさせる方法」と。

保護者の方でしょうか。もしくは彼女さんでしょうか。もしかしたら先生だったりするのかもしれませんね。

シチュエーションまではもちろんわかりませんが、自分も人の親として心に留まる重いワードでした。それは自分の娘に対してではなく、検索でこられた方の気持ちになって考えた時、何か力になりたいと思えたからです。

以前のエントリーにも書きましたが、僕は個人的に相談されても一切刺青は勧めません。自分は入れているのにも関わらず。刺青をやめさせる方法の力添えにならないかもしれませんが、今回はその理由を書きたいと思います。

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僕はなぜ刺青を入れたのか?

少しだけ自分の話をさせてください。

僕の身体には刺青が3つ入っています。腰と腕と、背中の首の付け根の部分です。腰には死産した子供の名前をスペイン語に訳して入れています。その名前を照らす太陽が、首の付け根に入っています。

先日入れてきた腕には、離婚して遠く離れて暮らすことになった娘二人の名前に付けた「蓮と百合」の華の絵と、二人の誕生星座である乙女座。そして二人の誕生日を彫りました。

今思い出しても、人生であれほど涙を流し、あれほど打ちのめされたことはありません。誰しもが、同じように辛く悲しい経験はされていると思います。決して僕だけが特別だとは思いません。

ただ、まだ真正面から受け止められない悲しみがあったり、生温い傷の痛みに慣れてなかったり、いつ乗り越えらるかわからない日々を過ごすことであったり。それらのことに対して、なんとかやり過ごす方法が違うだけなのだと思いっています。

ある人はそれが仕事かもしれませんし、考えないようにお金を使ったり、人と話したり遊んだり。旅に出られる人もおられるかもしれません。すぐに正面から受け止めれる強い心を持った人だっているでしょう。人の数だけある、日常を押し潰す出来事を受け止めるためのチャレンジの方法が、僕の場合は身体に想いを留めるという行為でした。

僕が死んで、この身体が燃えてこの世からなくなる時、きっと最愛の娘たちはそばにいないのだろう。そう考えた時に、娘たちと過ごした、たった数年の思い出だけではなく、独りで過ごす時間の中でも、ずっと目で見て感じ取れるようにと腕に彫りました。

魂を込めるほどの想いがないと刺青を入れるなとは言いません。ですが、それほどの強い想いがあるから、僕は誇らしく生きていけるのです。それはどんな崇高な人間であっても、何人も立ち入ることのできない聖域なのです。それが例え母親であったとしても。

ただし忘れてはならないのは、どれだけの想いを込めて身体に刻んだとしても、人にはチープに映るということ。

刺青とは決意を込めたもと定義してますから人を軽んじることはしません。ですが、それでもやめた方がいい理由はやはりあるのです。

社会から軽んじられる

あなたは今まで、胸の中にある思いの丈を全て言葉で表現し、人を説得できたことがあるでしょうか?「説得させることができた」と答える人は、相手から得られたそれは本当に「納得」でしょうか?

社会には人の数と同じだけの価値観があります。それらをまとめるルールというものもあります。

自営業といえば聞こえはいいかもしれませんが、自営といえども、取引先は「会社」と「その中の人たち」です。その中の人たちを、仮に納得させることができたとしても、会社自体には「守るべきイメージ」というものがあります。こういうと刺青を入れる人は「かっこ悪い」「ダサい」「保守的」と言うかもしれませんね。

もし、そういうことを言う人がいるなら、その人は刺青をやめた方がいい。

会社が一番恐れている「イメージ低下」ということを、刺青を入れている人がたった一人いるだけで行うことができるのです。

あなたはクビになって生活の担保はありますか?一人で何ができますか?例え一人で「何か」ができたとしても、お金を稼ぐなら結局人を相手にしなければなりません。その相手となる人が全員が全員、刺青を良しと思ってる人ばかりなはずがありません。

あなたが社員の生活を支えている社長だとして、ガラの悪い胡散臭い人、服装の汚い営業マンに仕事を依頼しますか?損失の可能性を少しでも感じてまで依頼する人はいませんよね。そんな胡散臭い人より、他に素晴らしく、仕事のできる人はたくさんいます。

刺青をそういった種の部類に入れている人は想像以上に多いです。失礼な言い方かもしれませんが、そんな社会に貢献している人たちに信頼してもらえる価値があなたにありますか?その価値を研ぎ澄ますことができますか?

「人柄で勝負」と思う方も多くおられると思いますが、仕事は第一印象で決まります。当然、仕事では隠しているとしても、SNSが発達している時代に隠し通せることは出来ないでしょう。発覚したとして、その想いを全て話したとしても、それは仕事とは別の話です。

僕が刺青に込めたこの想いは、人を説得させるものではありません。自分の人生を前に進めるためのものです。僕は自営業ですので、仕事以外で配慮することが節々にあります。仕事も110〜130%の間で完結しています。それでもいいイメージはないかもしれません。

社会はそういうものです。仕事は単純で、価値があるものに利益が発生し、顧客側が感じる価値がないものに利益は生まれません。

そこまでのリスクを背負って、その刺青を入れる意味はありますか?

公共の施設を制限される

以前にも書きましたが、刺青を入れた一番具体的な効果はここに出てきます。ホテルの部屋のお風呂は入れるとして、大浴場や温泉はまず無理でしょう。大人数で旅行したとして、あなただけみんなと一緒にお風呂に入れません。

これは単純に寂しいですよね。笑

それでも入浴するっていう人は刺青に適しない人です。入れる公共施設を探さなければルール違反です。意外と多いので探してみるといいと思います。

何が辛いって、友達に気を遣わすことにあります。プールも行けませんからね。赤の他人にはどう思われてもいいと思いますが、友達となると申し訳ないと感じます。特に昨今は迷惑防止条例のおかげで反社会勢力を排除する力と意識が一層強まっていますし、一つの枠組みとしてこれから風当たりは強くなる一方。きっとまだまだ緩和される気配すらないでしょう。

刺青は自分の世界の中でのみ許されるものです。自由なんですけどね、入れようが入れまいが。でもその個人の自由の先に不自由な社会があるというのは知っておいて損はない事実です。

あなたはどこに住んでいますか?そのルールを無視して生きれるほどあなたはタフですか?無視したとして、ルールを無視するような人に人望が集まると思いますか?中高生じゃあるまいし、相手は大人です。ルール内で生きる覚悟はありますか?

人に相談するくらいならやめた方がいい

経験上、相談する人のほとんどは見せびらかすタイプの人が多いように感じます。

刺青を入れるのは箇所にもよりますが本当に痛いです。腰は激痛の部類に入ると言われた通り、ずっとタオルを噛み締めたまま痛みを耐えました。死産や赤ちゃんを堕ろす時の、女性のみが感じる、想像を絶する心身共の痛みに比べれば…とずっと我慢していました。

痛みの先にあるもの。「刺青をなんの為に入れるのか」の理由の必要性はそこにあるようにも感じます。つまり、かっこいいだけで入れるなら、やはり見られることが前提になります。それだと流行りと罵られても当然だと思います。そうでなくても罵られるのですから。

他者の目を意識したものとして入れるなら後悔が付きまといます。刺青除去は調べたことはありませんが、お金も痛みも伴いますし、最近は刺青を消す若い人が本当に多いと聞きます。社会との壁を目の当たりにしたり、美学の価値の置き所が年齢と共に変わってくるのが原因なのでしょう。

結局、人に相談できるレベルや内容の話というとはそれほどということです。あなたの人生を人が決めますか?相談したとして、その人の意見通りにことを進めて、失敗したら責任を取ってくれるでしょうか?

やはり人生の分岐点になり得る決定事項というものは、一人粛々と悩み抜き絞り出した答えに従うはずです。刺青もそうあるべきかどうかはわかりませんが、そう捉えるならば安い立ち振る舞いにはならず、謙虚な行動たり得るのだと考えます。

人に相談するくらいなら絶対刺青を入れるのはやめるべきです。そんなことでは、この社会でただ生き辛い人生を歩むだけです。好奇の目にさらされることに耐えれるはずがありませんし、刺青を含んだ自分という価値を押し上げることなど到底不可能です。

限りなく低い確率で、日本もいつか刺青が認められる社会になるかもしれません。しかし、それが仮に実現されるとしても、それまでは慎ましく生きていかねばならないのが日本の中にあるルールです。

刺青をやめさせる方法はない

正直、刺青を入れたい人の想いを覆すことは気持ちの経年劣化、つまり時間が経って気持ちが薄れる、もしくは美学の置き換えがない限り無理なのではないかと考えます。

しかもそれらが厄介なのは「自分で気付かなければならない」点にあります。人に言われても火に油を注ぐようなもので、言葉巧みに止めさせることは非常に難しいでしょう。なぜなら、自分が刺青を入れるにあたって、仮にあの時、誰に何を言われたとしても僕は刺青を入れているからです。

ただ、子供が死産をしてから離婚するまでの10年間は一度も刺青を増やしたことはありません。娘が産まれた時に一瞬入れようかと悩んだこともありましたが、日が経つにつれ薄れました。産まれた感動もさることながらですが、それよりも一緒にいる喜びの方が優っていたからです。

胸の中の傷も時間と共に痛みに慣れてくるように、刺青を入れたい衝動が病のようなものだとしたら、時間が解決してくれるのは事実だと思います。

それと、参考になるかわかりませんが、刺青を入れるにあたり止めることができるのは皮肉にも「彫師」さんかもしれないと感じます。それは彫師さんに言われて入れるのを止めたことのあるデザインがあるからです。

彫師さんは本当にたくさんの方の身体に墨を彫り、たくさんの方と対話されてきてるように感じます(彫猿さんの場合)。

「何で入れるの?」「誰のものなの?」その言葉の重さは決意すら揺らがせます。もっと言うなら揺らぐ決意は決意ではありません。

ですから頭ごなしに責めるより、「なぜいれたいのか?」と理由を聞き、それがどれほどの話なのかを聞いて、冷静に対話をしてからでも遅くはないように思います。

深い決意を込めて入れた自分が正しいという訴えではありません。そんな僕でさえ、想いだけで生き抜けるほど甘い世の中ではないのです。頭でわかっていても、それが現実になれば感じ方は雲泥の差。そのことすらわかっていても、社会は想像以上に厳しく残酷なことは知っておくべきです。

己の自由を主張し刺青を入れた人間の生活を保障する義務は、会社にも社会にもありません。それが僕らが産まれた日本という国です。

今回マジで異論を唱えたいことが一点あります。
刺青を入れることにあまり抵抗がない海外旅行者が、日本に来た時に観光において制限されていることが今問題提起されています。海外からわざわざ観光にきて、むしろ温泉に入りたいと来日したのに入浴できないとか理不尽ですよね。これは日本側、施設側の問題だと思うのです。

剛に入ればなんとやらで、日本の大好きなクラッシックルールに従えという人もいるでしょうが、近年の経済状況にあってそれはちょっとナンセンスですよね。未来を見据えてない発言です。観光客の方が満足できる日本にすべきだと思います。ちなみに韓国、アメリカ、シンガポール、スイスの友人に聞いた時、刺青禁止の公共施設はないと言っていました。

日本人は仕方ありませんが、せめて観光客の方には配慮していただきたいです。

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  2015/12/26
       
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